厳密さに拘る癖に用語の無責任な用法を好み、感覚の庭を耕している

表現

泥沼

何処にもない景色の輪郭を描いている日のことでした. ——シャボン玉色に煌めくアスファルトの表面を絵の具にして. とんとん. 扉を叩く音に気が付いて扉を開いてみましたが,誰もいませんでした. そして再び真っ白なキャンバスの前に座り込み,頭を抱え込…

笑顔の練習をしている人は さよならの練習もしているさよならが下手な人は みんな上手く笑えない笑顔なんて要らないから さよならを教えないで 呟いた後で書きかけの手紙を破ってしまった分かっていても笑顔が好きなんだよ 強張る唇の描く感情が好きなんだよ…

笑顔の公園

気がつくと、微笑みがセイタカアワダチソウのように拡がっていて、公園に咲いていた笑顔がみんな枯れていました。 しばらくすると、微笑みだけ残された公園から、気味の悪い一人笑いが聞こえるようになりました。耳をすまして聞いてみると、何だか泣いている…

嵐ほどは騒がしくなく,木枯らしよりはやんちゃな

蛇口をいっぱいにひねり水道水で水筒を満たしていく.じゃ~っ.いっぱいになってくると,こぽこぽと音を立ててかわいいね.みんなみんな心が満たされたときはさ,こんな風にかわいい音で知らせてくれたらいいのに.そしたら,みんな今よりもにっこりできる…

DreamCube Pf.

<君>が何処にいるのか,僕にはどうしても分かりませんでした.君は笑顔で「ここにいるよ」と答えてくれましたが,そこにいる君が,本当に僕が考えている<君>なのか分からなかったのです.そもそも,<君>は実在しているのでしょうか.表情豊かな君の声…

信号が赤色に染まる前に

信号が赤色に染まる前に 沈黙を建前で埋める前に 花壇に甘藷を植える前に 酸塊の果実が朽ちる前に 夕陽が昏鐘を鳴らす前に 暗涙が焦燥を潤おす前に 君よ一篇の詩を紡ぎ給へ

夕,誘,融解

帰り道

付き纏う罪の意識とはどうやって折り合いをつければいいのだろう 時間はしばしば僕を置き去りにしてしまう いつもパン屑を拾って家に帰るんだ 集めても何にもならないパン屑のくせに 輝いて見えるときがあるのはどうしてだろう 最後でいつも誰かを殺さなきゃ…

洗濯機

夜に散りばめられた宝物を探しに行こう,そう決意した瞬間にはもう,僕の瞳は窓の外の電灯を貫いているのでした.宝物といっても,決して煌びやかなものであるとは限りません.仄暗い灯火の落とす影の中に融け込もうとしたことのある人なら,誰だって口を揃…

夜の誘い

夕陽の差し込む放課後の教室,僕は授業の予行演習をしていた.普段読み飛ばしているコラムに目を通すと,そこにはアポロニウスの円についての解説が書かれていた.軌跡と呼ばれるもので,これは少数の条件の下で定まる点の動向が完全に決定できる,というも…

流泉

流泉は僕が暮らしていた頃と何も変わっちゃいない.駅の看板には馴染み深い花の模様が刻まれている.駅を降りてすぐ目の前に現れるのは,当時広く愛されていた浮力式昇降機.定員は二名.アクリル板で拵えた管に筒状の昇降部が備え付けられており,その管の…

同形異音語

「同音異義語なら聞いたことがあるけれど,同形異音語…?初めて聞いたなあ」 電話一本で唐突に始まった言葉遊び.夜を吹かすための儀式,マリヴォダージュ.どこかの詩人が気取った言葉遊びだと笑っている.きっと簡素な作りの糸電話であったとしても,夢中…

庭園

ここは慣習だけが取り残された街。毎朝7時には規則を思い出させる鐘の音が波打つ。その鐘には願いが込められていた。確かに、想いが、祈りが込められていた。凝望を示す資料や文献はもうどこにも見当たらなかったが、音色はそれを主張し続ける。ああ、もう…

少年は空を辿る

「いつも,いつまでも,見守っているよ.」 床の上に転がったまま放置されているクレヨンを手に取ろうとした瞬間,懐かしい声が聴こえた―ような気がした.もちろんそれは幻聴だったが,目まぐるしく変化する拍子のなかに秘められた伝言を探り抜くときのよう…