厳密さに拘る癖に用語の無責任な用法を好み、感覚の庭を耕している

泥沼

 何処にもない景色の輪郭を描いている日のことでした.

 ——シャボン玉色に煌めくアスファルトの表面を絵の具にして.

 

 とんとん.

 扉を叩く音に気が付いて扉を開いてみましたが,誰もいませんでした.

 そして再び真っ白なキャンバスの前に座り込み,頭を抱え込んでいました.

 

 とんとん.

 待望を忘れた精神が,私の代わりに扉を開きにいってくれました.

 けれども扉の先には,誰もいませんでした.

 

 ————.

 とうとう,私には何も聞こえなくなってしまいました.

 何も聞こえないので,もう立ち上がることもありませんでした.

 

 ————.

 

 

 

 ————.

 喉が渇いたので喫茶店に足を運ぼうと思いました.

 扉を開くと,足元で何かが死んでいました.

 

 死体から滲み出る液体が扉の前を埋め尽くしていたので,踏まずに通り過ぎることはできませんでした.

 踏みつけると不快になるほど綺麗な音を響かせた飛沫が,泡のように浮かびあがり,扉に当たると弾けて消えてしまいました.

 それは私の筆先と同じ煌めきを宿していました.